広中和歌子Fax通信 第92号 ( 2008年5月8日


飛び石連休、先行き不透明な政治日程、
そんな中をかい潜ってアメリカはボストンへ

   

ブランダイス大学奨学金50周年に参加

戦後、大学は出たけれど女性への就職先は限られ、それより何より「女性は結婚を」というプレッシャーの中で、幸いにも私はボストン近郊のブランダイス大学から奨学金を頂き、留学した。戦後日本に人権、男女平等を謳う憲法をもたらしたアメリカなら、女性の生き方も当然違ったものがあるに違いないと思ったからだ。

1958年のアメリカはアイゼンハワー政権時代。

超大国、物質的豊かさを満喫し、男女共に大学進学率は高かった。しかし、当時はまだ「女性の創造性は家庭に活かす」時代だったのだが。

 私が頂いたウィーン奨学金は、ニューヨークの摩天楼、エンパイアステートビルをはじめ、大きな資産を持つローレンス・ウィーン氏によって創設されたもの。世界各国からの30人の留学生が参加しての発足式には、J・F・ケネディやジョージ・ケナン大使が来賓としてスピーチされた。2年後、大統領となって「国が何をしてくれるかではなく、自分が国のために何をするかを問おう」という有名なスピーチを行なったケネディ上院議員、欧州復興に道を開いたマーシャルプランの立案者G・ケナン氏。この二人に代表される生き方、考え方は、ウィーン氏が奨学金プログラムをはじめたのと同じ公共性、、国際性という時代精神を反映したものだったと思う。後に政治の世界に入った私が世界の貧困問題や地球環境の課題にとり組むようになったのも、ブランダイス留学を通して地球規模、世代を越えての公正さを学んだ結果かもしれない。

 今回のブランダイス大学訪問で分かったことは、奨学生の数はこの50年間で800人を数え、今回の出席者の中にはアイスランドの首相やEUの議長国スロベニアを代表する方、アフリカで製薬会社を立ち上げ、感染症予防に貢献するナイジェリアの実業家もいた。

ブランダイスはボストン郊外ウォルサム市にあり、自然豊かなキャンパスには、それぞれ寄付者の名を冠した校舎や研究棟が建ち、アメリカには寄付の文化が存在することのすばらしさを改めて実感した。

ちなみに、アメリカ人の年間の寄付の額は約30兆円。国家予算の10分の1に当る。その内企業の寄付は5%、財団と遺贈が20%。個人の寄付は75%である。

 寄付が税控除されるアメリカ、税制の違いといえばその通りかも知れないが、人々の善意が引き出され、自分の賛同する公共のためのお金が使える税のシステムはすばらしいと思う。


【左から サッカー ブランダイス大学学長、J・Fケネディ上院議員、広中、ソートンストール上院議員、G・ケナン大使 :1958年10月】