広中和歌子Fax通信 第90号 ( 2008年2月26日


食の安全性の問題は中国の餃子事件に矮小化されすぎていませんか?

   

《人口問題と食の安全保障》

私が人口問題に関心を持ったのは敗戦後。復員兵や海外からの引揚者を迎え入れ、更にベビーブームが起こり、当時の日本は急激な人口増と食料難にあえいでいた。そのことが子供の感受性を刺激したのだろう。中学の社会科でマルサスの人口論を聞きかじり、幾何級数的に増える人口に対し食料の生産が追いつかない、これからの日本と世界はこの食料問題にどう対応するのか、食べ盛りの私には気になることであった。

その後、食料豊かなアメリカに留学し、空腹の解消と共に人口問題は私の頭から消えていった。さらに1960年代、緑の革命によって農業の技術改良と耕地面積の拡大が起こり、世界的規模で食料増産が進んでいた。しかし、食料増産を追いかけるように人口はふくれ上がっていったのだが。

そして、1970年代初頭、ローマクラブの警告が広く世界のマスコミで喧伝され、私も再び人口と食料の問題の存在に気づかされた。その関連でイタリアのローマに、  ローマクラブの初代会長A・ペッテェイ氏を訪ね、「これから世界は」という日経インタビューシリーズに登場していただいたりした。

その後1986年、私は政治の世界に入った。日本を含む先進国が豊かになる中、途上国の貧しい人々が飢餓に苦しんでいる現実を知り、私は人口問題に新たに関心を持って人口に関する議員連盟や飢餓撲滅議員連盟に参加した。以来人口、貧困、環境問題に関心を払い続けている。

先日もある会議で世界人口の推移を教わった。地球に住む人口は西暦1年には約3億人だった。1000年後でもほとんど変わらず3億2千万人程度。5億人になるのが西暦1550年、更にそれが10億人に達するのが西暦1804年(フランス革命前後)。そして20世紀を迎えた時点では16億人、第2次世界大戦後の1945年には25億に、1960年には30億人、2000年には60億人。21世紀に入って2008年現在は67億人に達している。42年後の西暦2050年の人口は90億人と推計されている。

1960年以降の緑の革命のもたらした課題は、多くの国や地域で自給自足的農業から商品作物への転換が起こったこと、更に農薬や化学肥料への依存度が高まったこと等問題は山積している。食料の安全性を問う人は少なくない。

更に今後、世界的に自然環境の破壊や水資源の枯渇が広がっていく中、可耕地の減少、干ばつや水資源の問題、更には農薬問題など環境と食料の安全面からも課題は多い。先進国の多くはそうした安全保障の視点から食料の自給率を高めているが、我が国は食料の60%を海外に依存している。これから果たして食料を充分に、しかも安心して食べられるものを輸入し続けることができるのか、日本人のサバイバルが問われている。

そうした中、目を国内に転じると我が国の農業は危機的な状況にある。日本は水資源の豊かな国である。その日本が食料を輸入するということは、レスターブラウンによれば、水そのものを輸入しているに等しいという。なぜなら、1トンの穀物を生産するのに1000トンの水が必要だし、1トンの肉を生産するのに更に7倍の穀物をが必要、つまり、1トンの肉を輸入することは原産地で7000倍の水を使っているに等しいといわれている。外国の多くの農業は地下水に頼っており、水資源の枯渇が21世紀大きな課題となっている中、水の豊かな我が国が食料輸入を続けることの是非が、公正さの点からも問われなければならない。

しかも、我が国は加工品を含め多くの食料を輸入に頼っている結果、休耕田は増え、農村の原風景は変わりつつある。農業の担い手の高齢化問題もあり、今ここで何らかの抜本的手を打たない限り、日本の農業は衰退の一途をたどるだろう。

農業従事者を増やし、農村人口を安定化し、地産地消を推進すると共に、自給的農業を復活させることが急務である。

人口問題はマルサスの「人口と食糧」に対する懸念からはじまったといえるが、200年の時を経て、この問題がより深刻な形で、地球の扶養力や環境の負荷の問題、社会的な公正さという視点から改めてクローズアップされてきたといえる。