広中和歌子Fax通信 第69号 ( 2006年1月24日 )


謹賀新年、寒い冬、豪雪による被害に心からお見舞いを申し上げます。

 

   

相撲のウィンブルドン化

大相撲が面白い。朝青龍を頂点とする白鵬などのモンゴル勢に対し、琴欧州、黒海、露鵬などの東欧、ロシア勢が挑戦している。

そんな中、日本人力士も頑張っており、今場所は栃東、北勝力などが優勝に絡み、ついに栃東が優勝した。

こうした国際化の流れは高見山にはじまり小錦、武蔵丸、曙と続くハワイ勢が貴乃花、若乃花に挑んだ頃から始まっているが、日本人力士に大きな刺激を与えていることは間違いない。

現在、外国人力士の数は753名中12カ国59名、うち幕内は3割、三役以上となると5割に達する。

野球やサッカーの国際化は、そもそも外来のゲームだから当然として、相撲のような国技にも国境の壁がなくなりつつあり、特に外国勢が強くなると相撲のウィンブルドン化になると問題にする人も無いわけではない。しかし、国籍を越えて強い力士が誕生することが日本の相撲界をますます面白いものにしていることは否めない。相撲は今や世界中に知られ、相撲の世界選手権もあるとのことだ。

柔道がオリンピックのゲームになったように、相撲がオリンピックの種目に組み入れられる日も案外遠くないかもしれない。

《日本的経営》

奥田経団連会長が経団連主催の新年の労使フォーラムで、日本経済が復活を遂げる上で「日本的経営」が果たした役割を強調されている、というテレビ報道を聴いた。

 そもそも日本的経営とは何なのだろう。終身雇用、年功序列賃金、企業内訓練、社内労働組合などが挙げられているが、こうしたいわば人材の囲い込みは、戦後日本の高度成長期には経営者の側にとってうまく機能し、特に若年労働者を安く雇えるので好都合だったに違いない。他方、雇われる側にとっても、身分の保証、将来への安心感があった。しかし、これは経営者と雇用者の正式契約ではなく、いわゆる「日本的雇用」という慣行に過ぎない。このことは、20数年前、長期にわたるアメリカ滞在から戻った私が調べて分かったことだった。

 アメリカにおいても、家父長的雇用、つまり雇い主が従業員のめんどうを一生にわたって見るという慣行は、度重なる不況の中で「古き良き」時代のものとなっていた。私が滞在していた70年代にも、不況で解雇されて自殺をする人、職を求めて履歴書を何十枚も書く人、新たな職場に移るために折角ローンで買った家を売って出て行く人等、厳しい現状を見てきた。この頃、日本は高度成長経済の下、「日本的経営」を謳歌していた。

 しかし、日本でもバブル崩壊後、打ち続く不況の中、終身雇用、年功序列賃金を維持できない企業が増え、やむを得ずリストラが行われてきた。リストラを経験した人々はもとより、そうでない人も明日は我が身と心寒い思いをしてきたに違いない。終身雇用を前提とする人生設計が打ち砕かれる思いをしてきた筈だ。

 長い不況の後に経済再生への希望が見え始めている昨今だが、奥田経団連会長の「日本的経営の尊重」へのかけ声にもかかわらず、これを冷めた思いで見ている人も少なくない。

しかも、この「日本的経営」の範疇には、女性のパートや非正規雇用社員が表裏一体となって存在する。

 賃金格差、身分保障や社会保障の欠如は厳然として存在する。正規雇用の男性の給料100に対し、パート男性は39.1、正規雇用の女性給料100に対し、パート女性は 53.2。また、非正規雇用も年々増加し、11ヶ月間雇用された後解雇され、再雇用されるケースさえある。

 労働組合も一部の正規雇用者の利益を代弁する立場から、広く働く者全体を考える方向に動き始めているようだが、さもなければ組織率の低下は当然の帰結であろう。