広中和歌子Fax通信 第59号 ( 2005年3月29日 )


堂本知事の再選を民主党として心からおよろこび申し上げると共に益々のご活躍を  県民と共に期待します。


   

《民主党の県会議員9名から12名へ》

県知事選と同時に行われた千葉県議会補欠選挙では4 選挙区でそれぞれ争われた。民主党公認候補がそのうち 3選挙区で当選、県議会の議席は12人となった。 とはいえ、98名中約7割が自民党系いう構図は変わらない。国政レベルの選挙では民主党が衆議院、参議院共に自民票を上回る票を得ているのと対照的である。 戦後、千葉県への人口流入、人口増加が選挙制度に充分反映されていない。都市部と農村部の一票の格差の是正は、国政レベルだけではなく、県政でも考慮されるべき時期に来ていると痛感する。

《袖ヶ浦市立長浦小学校100周年記念式典に出席》

千葉県選出の参議院議員となると、全県から様々な記念行事の招待をいただく。最近では市制50周年というのが多かったが、戦終直後の市町村合併の動きの中で新しく市として誕生した市川市や柏市などの式典に参加。 戦後の急激な人口急増の中で道路や学校など行政の対応がどんなに難しかったかを改めて思い知らされる。

そんな中、創立100周年記念式典のご案内をいただいた。袖ヶ浦市長浦小学校である。1904年創立というと日露戦争が勃発した年。東京湾に面した一漁村が明治、  大正、昭和という時代をどう生き、発展してきたかを  知る上でも興味深く、出席を快諾した。

式典のハイライトは生徒さん達による長浦小学校の 時代背景、歴史の検証であった。スライド写真や寸劇、歌などで時代の変遷を辿る。のびやかな田舎の学校は 日中戦争から第二次世界大戦にかけて軍国主義時代の 影響を受け、教練が始まる。やがて防空ズキン、モンペ姿の生徒がB29の来襲に備えて避難訓練をする。

そして戦後。現在小学校のある場所は今や海岸からすっかり遠くなってしまった。埋立てによる京葉工業団地の出現と、そこで働く人々とその家族のための住宅建設による。小さな田舎の小学校は人口急増でふくれ上がり、校舎も大きく立派になった。

明治、大正、昭和、平成と一連の歴史を生徒さんのパフォーマンスを通じて改めて思い起こし、21世紀の日本、千葉そして袖ヶ浦はどのような展開をしていくのか、市民としてしっかりかかわっていくことの大切さを思う。

 

 

《「国際女性の日」に国連大学で講演》

国連大学から、3月8日の「国際女性の日」を記念して開かれる会議で基調講演をしてほしいとの依頼をいただいた。テーマは「しなやかな社会をめざして一女性の  エンパワーメント」。正直いってためらった。私はいわゆる生え抜きのキャリアウーマンでもないし、女性運動のリーダーでもない。

戦後民主主義、男女平等を掲げる新憲法が誕生しても、依然として旧い価値観をひきずる日本社会の中で私は 成長した。大学卒業後アメリカに留学はしたものの、現地で結婚、家庭を軸に生活した。子供たちの巣立ちと共に、ためらいがちに「40歳の出発」を果たすことができ、自分でも本当にラッキーだと思っている。そんな私への依頼である。

「今はそういう時代なんですよ」というILO(国際労働機関)の堀内光子女史の言葉に押され、お引き受けし、自らの体験を踏え約30分話をした。(講演内容は私のホームページに掲載してます。)

http://hirowaka.com

《愛・地球博を訪れ》

2005年日本国際博覧会、愛・地球博の開会式に出席、その3日後の週末フランス館でのシラク大統領招待の昼食会に、参院日仏議連の副会長として招かれる。

 博覧会のテーマは「自然の叡智」。フランス館では四面の巨大な壁と天井がすべてスクリーンとなり、人間がこれまで地球上で行ってきた環境破壊の数々が映し出され、見る者に激しく迫ってくる。森林破壊、大気、土壌、水の汚染、乱脈に広がる都市化と人々の排出するゴミの山また山、更に貧困が密集市街地の環境劣化を加速する。

 こうした事実はこれまで環境問題にたずさわってきた議員として当然知っている筈なのに、映像によるこの訴えは実に強烈である。その後観た日本館での7×14メートルの超ハイビジョンで映し出される日本の、まだ残されている自然が、神々しいまでに美しいことに感動しつつ、これがカメラアングルによる自然のほんの一部を科学技術で切り取ったものではなく、まだまだ美しい自然が日本に、世界に存在し続けることを願わずにはいられない。