|
|
《新年に想う》 昨年一年、日本を含め世界各地で多発した自然災害の激しさを考えると、人間の存在そのものが大自然の前でいかに無力であることかと思う。人は他の生物同様、この地球で生かされているに過ぎないのに、我が物顔で振る舞い、自然や他の生物を傷つけてきた。科学、技術を過信し、何事も人間の意のままになると思うようになっている。こうした人間の傲慢さに改めて鉄槌を加えたのが昨年の異常気象による台風や地震、大津波ではなかったのか。 オスとメスが対となって子を生み、子孫をふやしていく生物としての自然のいとなみを拒めば、その種は確実に絶滅する。人間とて例外ではない。しかし、今の日本では経済的な理由、あるいは仕事や楽しみの邪魔になるということで、子供を生まない夫婦、出産を先延ばしにする人々が増えているという。中には欲しくとも産めないケースも少なからずあるのだが。 一昔前には5、6人の出産子育ても当たり前だった。貧しさの中で育ち、分かち合うことを学んだ人たちが大人になり、自分達の子供には、経済的な苦労はさせたくないと一生懸命働いた結果、その子供たちの多くは与えられることを当然と思い、次の世代へ与えることを学んでいない。それが豊かな先進国 日本の現実だとしたら、そうした国はやがて滅びてしまう。 2005年の正月、マスコミの話題はインド洋の大津波に よる被害と日本の少子化、人口減少が大きなテーマであった。自然災害には不可抗力の面があるが、人口減少のような社会現象は避けようと思えば避けることができる。 要は個々人も、社会も、そして政治家にもその意志があるかどうかということだ。 《ラオス訪問》 そうした思いを抱きながら今年も途上国支援のNPO2050(北谷勝秀氏主宰)の企画で東南アジア視察の旅に参加した。これまで毎年1週間づつカンボジア、ベトナム、ネパール、ミャンマーの順に訪れ、今回はラオス。どの国も貧しく、それぞれに多くの問題を抱えているが、こうした国々を訪れる度に、かつて貧しさを体験した私は、 人間としての原点にたち返るような謙虚な気持ちになる。 ラオスの国土は我が国の本州の広さに等しいが、人口はたったの553万人。その内ラオ族は60パーセント、残りの40パーセントは文化、言語を異にする49の 少数民族。住民の80パーセントが農業に従事し、生活は貧しい。 特に私たちが訪れた南部では、村に電気も電話も水へのアクセスもないところが多い。道路も一部を除いては舗装されていない。トイレのない家庭が多く、裏庭や 野原で用を足している。 乾期には汚物が風と共に飛散し、雨季には水を汚染する。死亡率が高く、その大きな原因の1つは赤痢のような病気である。 1日の多くの時間を女性や子供は水汲みにとられ、 小学校5年生で約半数が学校に行くのを停める。6歳から14歳の子供たちの3分の1が学校に通っていない。 地域に診療所は存在するが、充分に活用されているようにはみえない。交通アクセスが悪く、医療関係者も 薬品も不足しているからである。 こうした厳しい現実を人々が黙々と受け入れているのは、情報量が少なく教育レベルも低いからなのか。 もっと国民にエネルギーを与えるヴィジョン、人々や地域がイニシアティブを発揮できる政治、少しづつ生活が良くなっているという実感を与える政策が必要だが、1975年、ベトナム戦争後に樹立されたラオス人民 民主共和国という一党独裁の社会主義政権の下では、 革新的な変化は今のところ期待できない。とはいえ、 ラオスは今やアセアンの一員であり、いや応なしにグローバル化の影響を受け始めている。ODAや国連機関、ボランティア団体の支援は、少しづつアセアンの中の最貧国 ラオスを変えていくことだろう。 《第162通常国会開会》 1月21日の総理はじめ財務、外務、経済・財政の 3大臣の演説に続き、今週からは民主党岡田代表の質問が始まった。小泉総理の「はぐらかし答弁」に再質問に立った岡田代表に対し、自民党出身の議長から注意を 受けるほどの答弁を繰り返したため民主党議員等が一斉に退場。波乱の幕開けである。
|