広中和歌子Fax通信 第42号(2003年9月1日)

自民党総裁選、民主・自由の合併、総選挙 
--- 今年の秋は政治で熱くなります。


《冷夏と政変》

細川内閣の誕生から今年で10年目。あの夏も冷夏で、米の不作が伝えられていた。しかし、世論は政治改革への期待で燃えていた。8月9日細川内閣成立で、私も国務大臣、環境庁長官として入閣した。いよいよ日本も変わるのだ、私達が変えるのだという期待で粛然たる思いだった。

しかし、最初の閣議でその期待は打ちのめされた。予算の概算が示され、その配分は前年度とほとんど変わっていなかった。各省庁から提出される予算の原案はすべて官僚によって作られ、閣議前日の事務次官会議で決定され、政治家の入り込む余地はほとんどなかったのだ。

これから21世紀に向け、環境立国をめざす日本は環境分野に予算をシフトしなければならない時に来ていた。しかし、環境庁の年間予算は当時600億円を切っていた。

閣議後の懇談会で私はその点を指摘し、改革内閣であれば、予算配分に従来とは違うめりはりをつけるべきだと主張した。しかし、巨大な官僚システムに立ち向かうには、新しい内閣はあまりにも力不足だった。

 あれから十年。村山、橋本、小渕、森、小泉と自民党を中心とする5つの連立内閣が生まれては消えたが、世界第二位の経済大国日本は、バブル崩壊後グローバルな大競争時代に漂流を続け、その国際的地位はかげりを見せている。

 失われた十年は金融、経済、外交の面で特に顕著であり、国民の間にフラストレーションがたまっていて当然だ。

《民由合併へ 国民の期待》

同じく漂流を続けてきた野党各党も、あの時の反省を踏まえ、今度こそ本気で政権交代をめざしている。民主党と自由党との合併が9月末を目途とすることが決まり、菅代表、小沢党首が全国行脚で国民に支持を訴えている。

久しぶりに国民の温かい期待を肌で感じる今日この頃である。過日の菅代表の千葉と新浦安での駅頭演説会には、それぞれ1000人を超える人々が夕方足を止めて菅氏の話を聞き、民主党衆議院予定候補、田嶋氏や村越氏も大勢の前で張り切って訴えていた。

《民主党千葉県連政治スクール》

党の公約をわざわざマニフェストと言うのは、選挙公約が単に国民にとって耳障りのいい政策なり方針を語り、その
実行は選挙が終ればどこかに忘れさられてしまうというこれまでのやり方の反省を踏まえ、数値目標や期限を決めて確約することにある。ただし、政権を奪れなければ公約は実行されようがない。

今年のこのマニフェストをめぐり、衆院選を前に各党それぞれ智恵を絞っている現在だが、民主党の枝野政策審議会長が、民主党千葉県連の政治スクールに来て話をされた。

具体案はまだ正式発表されていないが、財政再建を行ない、景気に波及効果のある予算の使い道を考えることによって
強い日本を作ること、税金を食い物にする化け物退治を行ない、政官業の癒着体質にメスを入れること、そして、補助金を交付金に代え、地方分権を行う三点を挙げていた。

翌日には「行財政改革の状況」と「三位一体」改革について東大大学院の財政学の専門家森田朗教授が二時間に渡って話をされた。最後に、日本が予算の配分にあたって直面する今後の課題として三つの利害対立があることを指摘:

 一つは都市と農村、二つめは世代間、三つめは所得のある人とない人。

これは21世紀、世界中どこの国でも問題となる対立点だが、特に急速に都市化し、高齢化している日本にとっては大きな政策課題である。

《危ないから出せないはおかしい》


先の国会、イラク特措法で自衛隊のイラク派遣が、民主党など野党の反対を押し切って政府予党の強行採決で可決された。政府側は治安が悪いところでも自衛隊だからできる作業をするのだということを、理由として主張していた。

しかし、イラクの現実は、戦争が終結された今も、数々のテロで米英兵のみならず国連の職員までもが犠牲になっている。

こうした状況に政府は自衛隊は危険なので出動を来年に先延ばしにするという。秋にも予定されている衆議院選前に事故が起きては困るということらしい。

しかし、これは国際社会には絶対に通用しない。民間も含め、多くの国の人々がイラクの復興に携わって命を賭けている時、「危ないから出せない」はないと思う。いやしくも国防をまかせられている日本の自衛隊はもの笑いになる。

それなら小泉さんは、初めからブッシュ米大統領に毅然とした態度で、派兵は憲法上できないとはっきり言っておくべきだった。

《イスラエル・パレスチナ・日本の子ども達による親善サッカー大会》

世界は今、イラクの戦後問題、北朝鮮問題、イスラエル、パレスチナ問題等紛争が絶えず、世界平和に暗い影を落としている。そんな中、高崎芸術短期大学等が中心となって子ども達のサッカー大会が企画され、成功させた。

熱暑の中、サッカーに興じる子ども達、それを温かく見守る多勢の大人達の中にはジーコ氏もいた。子ども達にはもともと偏見などないのだ。