広中和歌子FaxNews第4号(2000年6月2日)


本日の衆議院本会議の冒頭で衆議院が解散。選挙戦がスタートした。私も民主党副代表として、早速今日より選挙応援体制に入り、千葉を始めとして全国各地の候補者の応援に駆けつける。

 第147通常国会では、昨年のいわゆる盗聴法(通信傍受法)のようないかがわしい法案に引き続き、またもや与党は連立政権の数の暴挙のもと、十分な論議をする事もなく「年金関連法案」を可決させた。

 私が理事を務める総務委員会でも「在日軍人軍属給付金法」が成立した。これは第二次大戦で旧日本軍の軍人軍属として死亡あるいは障害を負ったにもかかわらず、恩給の対象から外されていた外国人に一時金が支給されるという与党提出の法案で、民主党提案のように年金は含まれず、一時金の額も少なく、また遅きに失した感もある。しかし、ともかく国会で戦後初めてこの種の問題が委員会で審議されたことは良かった。

 また、消費者の立場に立った「独占禁止法改正法」や「消費者契約法」とか、大量生産、大量消費、大量廃棄社会にメスを入れる「循環型社会形成推進基本法」とその具体的施策につながる「資源有効利用促進法」「グリーン購入法」など重要法案が成立した。

≪存在の耐えられない軽さ≫

 ぶらり本屋に立ち寄ったとき、或いは新聞などで新刊本の広告を見たりするとき、タイトルに惹かれて手にとってみたい本、読みたくなる本というのがある。

 "存在の耐えられない軽さ"(ミラン・クンベラ作、原題Unbearable Lightness of Being)もそんな本の一つで、その本の中味と無関係に、人生の折々に自らを持て余した時の心情を思い出す。

 最近、この本のタイトルが再び私の心に浮かんだのは、その成立が不透明な森内閣と、「神の国発言」を行って支持率を下げている森総理との関わりである。森連立内閣も森総理御自身も共にその図体は大きいが、その存在は耐え難いほど軽い。制度疲労を起こしている官僚制度、不祥事続きの官僚を改革できない内閣、既得権益をもつ者の言いなりになる内閣、支援団体にリップサービスをばらまく総理、こうした内閣と総理への幻滅感が森内閣の支持率をじわじわと下げているのだ。

 一寸先は闇というのが政治の世界だが、沖縄サミットの成功に内閣の命運を賭け、それ以前の解散総選挙はありえないと言っていた小渕総理があっけなく病に倒れ、この世を去られた。その後を受けて誕生した森内閣は、小渕さんへの同情票と自らの鮮度の高いうちにと6月25日の総選挙を織り込んだ政局運営をしてきたが、その最中の森政権の支持率急落である。

 しかし、「政治は一寸先は闇」とは野党第一党たる民主党にも当てはまる。追い風に良い気になっていると何に足をすくわれるか分からない。追い風はすぐ逆風となり得る。油断は大敵である。

 さて、参議院では民主・社民・共産の三野党が森内閣に対して問責決議案を提出。本会議場で森総理が憮然とした面持ちで座る中、提案理由の説明、反対、賛成討論が約1時間にわたって展開された。採決は押しボタン方式ではなく議員それぞれが賛成の白票、または反対の緑の票を順次議長席で手渡す記名投票となった。与党の多数で否決されたが、野党にとっては大きな見せ場となった。

 他方衆議院でも野党3党が共同で議長に不信任案を提出したが、これには与党が討論にも採決にも反対。そして本日6月2日、予想通りに総理が本会議冒頭で解散権を行使したため、日本全国総選挙一色になる。