広中和歌子Fax通信 第36号(2003年2月24日)

一月は往ぬる、二月は逃げる、三月は去る  御自愛の上 御活躍を!


《白けムードの日本人》

「一月は往(い)ぬる、二月は逃げる、三月は去る」とは年明け、年度末のあわただしさを表現した『語呂合わせ』だと、子供のころ母から聞いた。今の日本、確かに個人のレベルでは入試や卒業・新学期と忙しい人も少なくないだろうが、国となると、イラク問題にしても、北朝鮮問題にしても、人々の生活に直結する経済状況にしても、ここ数ヶ月ほとんど動きがないように感じられる。通常国会が開かれ、本会議や予算委員会で審議が始まっているのに、小泉総理も川口外務大臣も気の抜けたはぐらかし答弁に終始し、議論は噛み合っていない。野党の苛立ちが募っている。

他方、そんな中、イラクへの先制攻撃反対の気運が世界中に広まっており、先週末には1000万人のデモが各国・各地で熱く繰り広げられた。日本人は白けムードなのか、無関心なのか、わが国では実に静かなもの。

北朝鮮の問題にしても、日本人は拉致被害者のことには身近に共感しても、核やミサイルを所持する金正日体制への危惧や、飢えに苦しむ北朝鮮の子供たちに対する同情は決して大きいとはいえない。外交は政府の先権事項だとして任せておいてよいのかという思いは、野党政治家として当然あり、それゆえに民主党外交安保部会では各国 大使や専門家を招いて意見を伺い、党としての見解を表明したり、イラクやアメリカに党の代表を派遣したりしている。しかしフセインや金正日のような独裁者に対しては、一致団結した国際世論で対抗するしかないことも事実である。

かつて1990年8月に起こった湾岸危機の時、私は日本を含む世界中の女性国会議員から署名を集め、翌月にはフセイン大統領宛に、イラク軍のクエイトからの即時撤退と人質解放を求めるメッセージを携え、単身イラクに乗り込んだことがある。そして翌年1月、アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを攻撃した。あの時は明らかに侵略者としてのフセインがあった。しかし今回のイラク問題は、イラクが国連決議に反して核や生物・化学兵器など大量破壊兵器を依然として隠匿していることへの疑惑であり、それらがいずれテロリストの手に渡るという危惧の域を出ていない。フランスやドイツ・ロシア・中国など多くの国が査察継続は必要だと主張しているように、日本政府もその線でアメリカを説得することによって一致団結への道を選ん
で欲しいものだ。


《韓国地下鉄火災と危機への対応》

韓国・大邱(テグ)市の中央路駅の地下鉄構内で、放火による火災があり、100人を超える死者を出したニュースは、改めて地下鉄という地下の閉ざされた空間の中で起こる様々な災害の可能性を想定させるものであった。
わが国でも約8年前地下鉄サリン事件が起こったが、そうしたテロや犯罪に加え、火事や水害などへの安全対策はどうなっているのだろうか。

テレビでは早速、日本の地下鉄の場合は、仮に放火に よる出火があっても、車両内に燃え広がらない素材を使用しているから大丈夫と、過去に行った実験結果を示し、見る者を安心させてくれた。しかし、考えてみれば、阪神淡路大震災の約一年前、アメリカのロサンゼルスで大地震が起こった時、高架の高速道路が崩れ折れた映像が紹介され、その際、日本の耐震技術は非常に高いので、日本では絶対に大丈夫と専門家が語っていた。国会の建設委員会でも、役人たちが胸を張って同じ答えをしていた。しかし、その言葉は阪神淡路大震災で無残に打ち砕かれたではないか。

そうこう考えると、災害、天災、さらには犯罪・テロに対して、絶対に安全ということはあり得ないのだとしみじみ思ってしまう。問題はそうした場合を想定して、どれだけ危険に配慮し、どれだけのお金と人材をかけて対応するのかということではないだろうか。今後、イラクや北朝鮮問題がさらに複雑化し、あるいは経済不況に絡んでどのような凶悪な犯罪や事件が起こるかも知れず、政府を始め、関係機関の危機への対応を総点検することが、今の日本には絶対に必要である。そうした意味でも、総合的、包括的な危機管理体制の整備は急務である。


《第3回世界水フォーラム》

第3回世界水フォーラムが京都、滋賀、大阪の3県にまたがって開催される。GLOBE Japan(地球環境国際議員連盟・日本)は毎週、国会内で水に関する勉強会を主催しているが、これがなかなか面白い。安全でおいしい水は空気と一緒で当然のように、特に日本では思いがちだが、環境がますます劣化する21世紀、地球公共財として、いかに水を管理し、公正に分配するか今後の大きな課題であることがわかる。また農産物を海外から輸入することは、水を輸入するに等しいことも教えられた。世界全体として水不足の中、水に恵まれた日本が海外から大量の水(農産物)を輸入しているとは考えてみればおかしなことである。