広中和歌子FaxNews第25号(2002年2月13日)


冬来たりなば春遠からじ 身近なところから豊かさを作り出しましょう。

《通常国会開会》

2002年1月21日第154回通常国会開会。補正予算の審議に始まり、本予算の代表質問まで3週間。その間、アフガン復興会議へのNGO出席にからむドタバタ劇の結果、田中眞紀子外務大臣の更迭。小泉内閣の支持率が一挙に下落とまさに政治は一寸先は闇である。
その間の政治ドラマは新聞、雑誌、テレビのニュース・ショーで十二分に取り上げられているので、ここでの蛇足は不要だが、世の中こんなに経済が悪く、世界中の目が日本の統治能力に集まっている時、何とも恥ずかしいことである。
尤も小泉総理としては、支持率の急落と引き替えかどうか、総理の主張するサラリーマン等の医療費本人三割負担を来年4月に明記すること等、与党各党合意を勝ちとっている。後は党内抵抗勢力次第。

《カンボジア視察》

私個人としては、この一ヶ月実に充実した日々を過ごすことができた。休会中、2050というNGOと共にカンボジアを訪問したこともその一つ。長いこと国連で活躍された北谷勝秀さんを代表とするこの団体は貧困、エイズや結核などの疾病、人口問題等に関心を持つ3000人の会員を抱えるNGOで、私はこれまでもベトナム、ネパールなどの視察に同行させて頂いている。
カンボジアに関してはつい数年前まで日本が中心となって内戦後のこの国の立ち上げに協力してきた経緯がある。現在、日本の注目はアフガニスタン復興に集り、政府やNGOで様々な支援計画が組まれているが、かつて世論の支持が集まったカンボジアや東チモールのその後はどうなのか、支援はある程度継続しなければ意味がない、という思いでカンボジア視察に参加した。
HIV感染者に生活の質と生き甲斐を与えるキルト工房、エイズ末期患者を世話するホスピス、地雷で手足を失い、或いはポリオで歩行困難な人々に義足を作る工場やストリートチルドレンを収容し、教育と技能を身につけさせる施設など、多くの国際NGOの活動に感激。そこに働く日本人からも説明を受け、彼らの献身に頭が下がる。日本政府JICAの出資による結核センターや子ども病院なども現地で役立っていることを知り、誇らしく感じた。一週間の旅の最終にはアンコール・ワットから約50キロ程離れたカンボジア地雷除去センター(CIMC)を訪れ、地雷除去作業を見せてもらった。ここでも日本からの資金や機材の支援が感謝された。しかし、地雷を一個作るのに数百円しかかからないのに対し、それを除去するのに万単位のお金がかかること、それ以上にこうした地雷で多くの人が命を落とし、手足を奪われていることを思うと、人間の残酷さ、愚かさが恥ずかしくなる。ちなみに、前日にも除去作業中、一人が足をとばされたとのこと。作業員の給料は月130ドル、公務員の給料(20〜30ドル)と比べて格段に高いのだが。
実はカンボジア訪問は今回で二度目。前回は、カンボジアに学校を寄附したその学校を見に行った。単に建物だけでなく、ソーラー発電、コンピューター等が完備し、それを利用して、地元の絹織物などをE-コマースで世界中に売り出している。この構想は元ワシントン・ポストの特派員で現在NGO活動をするバーナード・クリシャー氏によるもので、農村に200のこうした学校が建設されている。それぞれの学校には寄附した人の名前が冠されているが、私の学校はその第一号。
(http://www.cambodiaschools.com/→[VisitYour School]をクリック)
カンボジアは2年前と比べ、街には活気があり、人々の表情は明るい。学校や保健施設も徐々に増えつつある。まさに、平和の配当である。更に付け加えるなら、カンボジアには、古代カンボジア王国(9C〜14C)の遺したすばらしいアンコール遺跡(ユネスコ世界遺産に指定)がある。必見の価値あり。カンボジアの首都プノンペンは、フランス植民地時代の影響か、都市計画も立派で、王宮も美しい。料理も美味。カンボジアは今後観光を産業振興の目玉にするとのこと。

《海洋国家セミナー等に参加》

国際フォーラム(伊藤憲一理事長)主催の「海洋国家21世紀日本の大戦略」というテーマでシンポジウムにパネリストとして参加。
私は21世紀の国家戦略として日本が考えるべきことの一つは、テロや紛争の背後にある貧困や社会的不公平をなくすために人間の安全保障を地球規模で実現さすこと、二つ目は環境の世紀と云われる21世紀に、地球環境問題において日本が自ら環境立国として範を示し、その技術やノウハウを世界中に移転することによって貢献することであることを述べ、ODAの大切さを主張した。
その他、日英議員会議やパシフィック・カンセルの会議に出席。また、最貧の人々にコマーシャル・ベースでお金を貸し、立派に成功しているグラミン銀行の創設者モハメド・ユヌス博士を国会に招いての講演会を主催するなど、大いに学びかつ発言した一ヶ月だった。