広中和歌子FaxNews第16号(2001年5月25日)
緑が日々濃くなり、沖縄では早くも梅雨に入りました。暑さと湿気で不快指数が高まる中、御自愛を!
小泉内閣誕生から早や3週間余が過ぎた。5人の女性閣僚、3人の民間人、若手の登用等、華麗な内閣だ。人気は上々、80%にものぼる支持率。もっとも小泉さんの改革の中味は民主党の政策の丸のみ、従って民主党としては喜ぶべきか。但し、それが実行されればのことだが。
ともあれ、ハンセン病患者に対する熊本地裁の判決に国が控訴を断念したことは、当然とは言え、これまでの官僚主導の内閣の発想からは生れてこないと評価したい。
しかし、大きな世論の流れに抗してぎりぎりまで控訴の方向で動き、それを小泉さんの政治主導で逆転させるというドラマを演出したあたりは、さすがというべきか。それはさておき、長い間ハンセン病患者に対して隔離政策をとり続け、それについて国も国会も何もしなかったことは実に恥ずべきこと、知らなかったで済まされることではない。アメリカでは1950年代に効果的な治療薬ができた段階で、ハンセン病患者への隔離政策は終ったと聞く。
インドでさえ、10数年前私がハンセン病専門病院を訪れた時、かつて患者であふれていたという施設は、今や病理研究所として使われていると聞いた。日本ではようやく5年前、民主党幹事長の菅直人氏が厚生大臣の時、らい予防法が廃止され、大臣として患者に謝罪した。しかし、社会の偏見もあり、帰宅と社会復帰はままならなかったようだ。
このことから、日本にはまだまだこれに似た人権侵害に苦しむ人達がいるに違いないという思いを深くし、政治の責任を痛感する。
≪沖縄を訪問して≫
今国会は会期途中で内閣が変わり、国会審議もとぎれがち。今年、私が所属することとなった委員会は外交・防衛委員会、沖縄・北方問題に関する特別委員会、国際問題調査会。これまで外務委員会に所属したことはあったが、防衛関係や沖縄、北方領土問題については初めてで、そんな中、先般環境会議出席のためワシントンを訪れた際、政府関係者やシンクタンクの人達に対日政策や日米安保について話を聞いたり、又、先週には沖縄を訪問し、基地の現状を視察したりした。私が前回沖縄を訪れたのは15年前。その後のこの島の変化も知りたかったし、在日米軍基地の75%が沖縄にあるというこの地を自分の目と足で確かめ、身体で感じてみたかった。
1995年9月、普天間基地のある宜野湾市で起こった海兵隊による少女暴行事件を背景に、日米両国政府は米軍基地による沖縄の過重な負担を軽減するための協議機関としてSACO(沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会)を設置。その協議の中で普天間が返還されることになったことは大きな成果といえる。
普天間キャンプの航空管制塔に案内されると、まさに宜野湾市は基地を取り囲んだ形で発展している。基地内の海兵隊のさまざまな訓練活動を通じて生じる騒音や事故に市街地が巻き込まれる危険のあることが、地域住民に大きな不安を与えてきたことがよく分かる。橋本内閣の時、普天間基地返還が決まったことは歓迎すべきことだったが、ヘリポートの代替地に予定されているキャンプ シュワブは、珊瑚礁のある沖縄本島中部の美しい海岸に面している。その海岸に立って軍民共用の飛行場を思い描いてみると、代替施設協議会で検討されている埋め立て方式であれ、杭式桟橋方式であれ、あるいは鉄鋼製の巨大なイカダを浮かべた係留ポンツーン工法で建設されるにしても、珊瑚礁の保全の点からも、景観の点からも、修復不可能な環境破壊といえる。あってはならないという思いを強くした。しかも埋め立てには恐らく1兆円規模の予算が必要で、それは日本の米軍への“思いやり予算”など税金から支出される。移設地を陸上に探すべきだと強く感じた。
かつて石垣島に新たに飛行場を作る計画があった時、やはり海岸埋め立て案が先行し、そこに存在している貴重な珊瑚が絶滅する可能性があるのに、石垣島も政府側も先に埋め立てありきで、他の場所、陸上に建設する可能性は有り得ないと決めてかかっていた。しかし、環境団体の反対活動にイギリスのエジンバラ公も参加し、一部の議員達も大きな声をあげたこと、更に埋め立てにからむ利権構造が明るみに出たこともあり、埋め立て案は廃止され、結局陸上の飛行場に落ち着いたことを思い出した。
これから沖縄が東南アジアにもっとも近い亜熱帯の島として発展していくためには、景観の保全はなによりも大切である。アメリカの議会には基地の環境問題を担当する委員会があると聞くが、是非この委員会と連絡をとり、海外の米軍基地の環境にも十二分に配慮してもらうよう要請するつもりだ。